『初恋』


  ―初恋はいつですか?
 卒業まで3ヶ月、女子の発案でクラス冊子をつくることになった。「好きな食べ物は?」「よく聞く曲は?」など当たり障りのない質問が並ぶなか、その最後に初恋を問うものがあった。はて、いつだったろう。小学生じゃなかっただろうか。意図せず視線が窓外に流れ、意識が過去に飛んでいく。初恋は……そう、今みたいに寒い冬、だったろうか。

*****

 冬、今と違ってしっかりと雪の降り積もっては子供が雪合戦に励んでいた冬。休み時間が終わるたび、溶けた雪でびしょびしょになった上着や手袋を教室の窓辺に干した冬。あまり大きくない教室の真ん中にガスストーブが鎮座していて、座席表の真ん中空欄のところにいたずら心から「山田」と書いたら、次の日からストーブが山田と呼ばれていた冬。あれはそんな小5の冬だった。
 1学年に40人もいないためクラス替えはなく、3人ほどいたガキ大将によるいじめも小4に先生がかわって以来なくなった。そんな小4の春にやってきた転校生は、最初少し男子やらと喧嘩をすることもあったが、1ヶ月もするとごく普通に迎え入れられクラスに溶け込んでいた。僕の初恋は、クラスのマドンナではなく、近所に住む幼馴染でもなく、その子だった。先生がつけたあだ名はあまり流行らず、男女問わずおおむね上原さんと呼んでいた。
 田舎の学校だったからあまり派手な見た目の子はおらず、質素で素朴な女子がほとんどだった。そのなかで少し大人びていてお洒落で、なぜだかは知らないが女の子らしさを隠すように少し勝気な振る舞いをしていて、でも決して「自分は周りと違う」オーラを出すことはない。性格もいたって明るく、男女を問わず人気は高かった。僕にとって、いつしか彼女は高嶺に咲く鮮やかな花のような存在だった。お淑やかなマドンナよりもずっと魅力的だった。どうやら、僕はこの頃から女性の好みは変わっていないようである。
 その日も冬らしく、夜半から降り始めた雪は朝になると15センチほどにまで積もっていた。普段は寝坊がちな僕も、そんな日は集団登校に間に合うどころか一番に集合場所にいて、さながら散歩に行きたがる犬のようであったろう。そうして傷のいくつも入った黒いランドセルを教室の机に放り出すなり、始業時間までグラウンドで友達と雪合戦をしていたのである。
 田舎の女子だからか小学生だからか、クラスの女子はたくましいもので男子のしている雪合戦にもよく混じっていた。なかには男子よりも雪球の投げるのがうまい女子がいて、今なら草野球にスカウトするところだが、あいにくどの子がそうであったか覚えていない。上原さんもよく雪球を当てあう仲ではあったが、この日までは意識などしていなかったし、そもそも「恋」の概念がなかったのだから友達としてしか認識できなかった。当然である。

 事件は始業時間ぎりぎりに起きた。厳密に言うと僕はその場に最初から居合わせたわけではないし、他人からすればただの口げんかであろう。上原さんがとある男子と些細なことから口論になり、男子がきついことを言ったらしい。空き教室であり担任手製の簡易プラネタリウムとなっている隣の部屋で、上原さんは1人泣いていた。そこにたまたま僕が通りかかったわけである。
 僕は先生を呼び、先生はその男子を上原さんのいる空き教室に呼んで事情を聞き、互いにごめんなさいをさせて男子と授業に戻った。普段からそこそこに仲がよかったのと「第一発見者」ということもあり、僕はその後も上原さんに付いて泣き止むのを待っていた。隣から算数の教鞭を執る先生の声がかすかに聞こえるのみで、部屋はプラネタリウムのため全ての窓に黒いカーテンがかかって暗く、生徒用に机などがない分やや広く感じる教室に2人きり。たっぷり30分ほどして上原さんはすすり泣くのをやめた。
 「落ち着いた?」鼻を赤くし、泣いて少し腫れた目をこすりながら上原さんは無言でうなづいた。顔洗って教室に戻ろう、そう言った僕に


 「……いや」


 すっかり乾いた僕の上着の裾を握り、うつむきながらそこを動こうとしない。その、いつもの上原さんからは微塵も感じないような弱弱しさを見た瞬間、不思議な感覚が走ったのである。すなわち、これが僕の初恋の瞬間である。幸か不幸か、当時の僕には抱きしめるとかキスをするとかのそういった知識は毛頭なかったからそれ以上はなく、ただただ上原さんが落ち着くまで、いや、2人が互いに落ち着くまで暗い部屋で隣り合わせて座っているのみであった。上原さんが裾を離して立ち上がるまでさらに30分、耳をすませば隣の教室で友達が力強く音読をしていた。

*****

 「あ!ありがとー、ちゃんと書いてくれたんだー」
 回収係の女子に、簡単なプロフィールとそれぞれ質問への答えを書いた紙を出した。件の質問にはそっけなく「小5」とだけ。
 上原さんとは卒業以来会っていない。卒業式の前日、放課後に廊下へ呼び出しまではいったが、勇気が足りずに告白はできなかった。その日の昼休みに、上原さんは中浦という男子のことが好きだという噂を聞いて、決心が鈍ってしまったのである。当たり障りのない話をして別れを言い、裏山の秘密基地で1人、日が暮れるまで泣いた記憶がある。家の場所を知らないので今どうしているかも分からないし、自宅の番号もつながるか分からない上につながったところで何を話していいか見当もつかない。彼女は元気にしているだろうか、そんなことを思いながら窓の外を見た。今年はまだ、雪は降っていない。


 う そ で す 。
 まぁ、「隣が簡易プラネタリウムの空き教室」とか部分的には事実もありますが。ただ、それは小6の話ですし、裏山に秘密基地もありましたが、卒業式の前日にそんなところで泣きとおしていたら風邪で卒業式に出れたもんじゃないです。上原さんも中浦も仮名ですよ、念のため。
 ……しっかし、SSSのつもりで書いたらえらく長くなったな。SSS(旧:VSS)始めたときは5行じゃなかったっけか?まぁ、SSって言い張ることにしたからいいか。

 最大の嘘を2つ正直に白状すると、ひとつは、まぁお分かりかとは思いますが、こんな「うらやましい」ことは起きませんでした。上原さんは10分ちょっとで泣きやんで授業に戻ったはずです(そして、記憶がたしかならば僕は付き添っていません)。
 もうひとつのでかい嘘ですが、実は上原さんを好きになったきっかけを実は覚えていません。10年近くも前のことゆえ、どうにも近年、中学以前の記憶が断片的になってきました。年ですかね。では、話の根幹というか、全てをぶっ壊して今回はあとがきを終わりたいと思います。


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